遊葉見覚帳

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人の技量は目的を正しく理解しているかどうかで大きく差が付く

2005年06月03日17時05分59秒 抱負

 チーターはヒトでないことを別にしても100m走の選手になれません。なぜなら100m走とは何か分かっていないからです。

 スタートの合図が鳴らされてもチーターは走らないでしょう。目の前に獲物がいないのになぜ走らなければならないのかと考えるでしょう。100m走の目的が分かっていないのです。

 どんな力をどれほど持っていても、目的を正しく理解していなければ、その力は空回りします。

 周りの選手が走り出した後なら走るかもしれません。そして選手に襲い掛かるでしょう。選手の喉笛に噛み付いてその息の根を止めてから、誇らしげに周りを見渡すでしょう。「どうだ、獲物を仕留めたぞ」と。

 チーターは射殺されます。チーターはなぜ自分が殺されるのか分からないままでしょう。

 一人で空回りしているだけなら殺されることはありませんし、咎められることもありません。しかし周りに人がいる時は、空回りした力は周りを傷つけるだけでなく自身をも傷つけるのです。

 そうなると力はプラスに評価されないばかりかマイナスに評価されます。

 逆に、目的を正しく理解して振るわれる力には無駄がありません。個人の力そのものは他人に二倍の差を付けるのが限度でしょう。それでも無駄があるかないかによって他人の十倍も二十倍も活躍できるのです。

 ロナウジーニョは優れたサッカー選手です。彼なら並の選手二人に囲まれても突破できるでしょう。それでも三人に囲まれたらパスで逃げるしかありません。しかし彼の年棒は並の選手の三倍など軽く越えます。彼にはそれだけの価値があるからです。

 同じヒトである以上、力の総量で差を付けるには限りがあります。総量で差が付かなければ使い方を工夫するしかありません。やるべきことをやるのも必要ですが、やってはいけないこと、やらなくて良いことをやらないことも必要です。

 あの人には力があるとかないとか人の技量を比べる時は、まずその人が目的を正しく理解しているかどうかで大きく差が付いているように思います。

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