「摩天楼は虹色に」の失敗から学んだこと
2005年07月13日23時48分28秒 トーキョーN◎VA
失敗した原因は「成功する方法ばかり考えていて、失敗させる方法を考えていなかった」に尽きます。シナリオ作成がプレイヤーやルーラーをやるのとは別物であることを理解できていませんでした。
トーキョーN◎VAには「トーキョーN◎VA文法」とでも呼ぶべきものがあり、それに沿っていけば成功に辿り着けます。しかしそれは完成したシナリオの上に成り立つものであって、シナリオ作成の段階では全くはたらかないことを分かっていませんでした。
トーキョーN◎VAのシナリオなんだからその文法に沿ってエンディングから帰納的に組み立てていけば良いだろうと考えたのが間違いで、シナリオ作成には逆に演繹的な文法を使うべきでした。
プレイヤーやルーラーをやる時はアクトを成功させることしか考えません。成功する方法が一つでも見つかればそれで十分です。しかしシナリオ作成ではそれに加えて失敗させる方法がどれだけあるか考えなければなりません。成功する方法があっても、それが無数の失敗させる方法に埋もれていると意味がないからです。
オープニングで神業を使ってみる、他のキャストと繋がない、情報を渡さない、リサーチで何度も失敗する、戦闘でくず札ばかり使う、などなど。シナリオが提示するものを注意深く測って「そんな動きをするのはプレイヤーが悪い」と判断できれば(シナリオ作成としては)問題ありませんが、「それはそう動くしかないね」と判断できてしまうならシナリオの欠陥です。
足りないと思った要素を継ぎ足すことはやったのですが、過剰な要素を差し引くことをやっていませんでした。そのために物語を消化する前に問題が解決してしまったり、そもそも問題を解決する必要がなくなってしまう危険を放置してしまいました。
また、データから組み立てたことが原因を致命的なものにしたと思いました。
「摩天楼は虹色に」はまず枠を決め、それぞれに相応しいモチベーションを割り振り、解決方法を与え、それらのキャストの動きが重なる部分から浮き上がらせるように物語を考え、そして調整を行って作りました。
物語を最後に考えたのは、初めに考えてもそれがトーキョーN◎VAにならない恐れがあると思ったからです。そこで先にトーキョーN◎VA文法を使ってデータの大枠を作ってしまえば、それに合わせる限りどんな物語でもトーキョーN◎VAになると考えたのです。
トーキョーN◎VAであるかどうかが一番大切だからそれで良いと思っていたのですが、データ重視のシナリオ作成は潰しがきかなくなる諸刃の剣でした。
物語に正解や不正解はありませんがデータにはそれがあります。物語重視ならデータが歪んでいることに後から気付いても、それは物語を表現する方法が間違っていただけですからある程度調整が利きます。しかしデータ重視だと物語は付属物に過ぎません。歪んでいることに気付いても調整するための指標がないので、そのまま進むしかなくなります。
今までは何でも周りを見てそこから浮き上がってきたものを使っていたのですが、その正反対に、まず決めてそれを使えるように努力するという考え方が必要だと痛感しました。
