風邪をひいてはいけない
2007年04月22日18時15分32秒 抱負
久しぶりに健康のありがたみを思い知った。
風邪の怖さは体力や集中力を奪うことではない。時間を奪うことだ。体力や集中力は復調と共に戻ってくるが、奪われた時間を取り戻すにはその二倍以上の時間がかかる。“風邪ごとき”で時間を奪われるのがまたわずらわしい。一番やっかいなのは予防の必要性を忘れたころにやってくることだ。
まず風邪は対策するに値する病であると認識すること。そして風邪の一番のダメージは時間喪失であり、治療にかかった時点で負けであると認識すること。
風邪予防で一番有効そうなのは、とにかく不用意に人ゴミに入らないこと。入る時は風邪の可能性を考えて動くこと。無菌から発症する風邪はない。触れない触れさせないのが一番。やつらにダイスを振らせるな。
本物の芸人を尊ぶ
2006年03月27日21時15分01秒 抱負
うっかり俺様ボケ日記(炎の剣と黒翼鳥)
「ケローナ星人ごときにトップの座は譲れんのじゃあ!」という魂の叫びが聞こえてきそうな渾身の大技。人生が劇場、日常が舞台。体張って生きてます。板さんもこつこつ得点を重ねているので、ここは大きいのが欲しかった場面か。
すばらしいのはケローナ星人さんも薔薇の君も天然だということ。デフォルト、仕様、ありのまま。計算はどうしても邪念が感じられてよくない。天然は貴重。まさに天然記念物。無形文化遺産。
それを身近で楽しめるありがたさをかみ締めつつ、生暖かい目で見守っていこうと思う。
もっと、メモ帳らしく
2006年01月01日19時18分49秒 抱負
遊葉見覚帳の今年の目標は「もっと、メモ帳らしく」。遊葉見覚帳はメモ帳だと言いながらいまいちメモ帳として使い切れてなかった。もっと、メモ帳らしく。そのための三か条を挙げる。
1.遊葉見覚帳は私的なメモ帳である。あくまでメモ帳として使い倒す。書きたいときに書きたいことを書く。
2.文を完成させようとしない。体裁を取り繕わない。「メモ帳は、もっと粗末に扱うべきなのだ」。
3.でもウェブリソースであることを忘れない。
補足「記事を未分類にしない。いずれかのジャンルにねじ込む。ねじ込めそうなジャンルがなければ仮でもいいからジャンルを作る」。
記事を未分類にすると後が面倒。「後から分類する」「後々まで使えるジャンルを思いつくまで待つ」は結局やらない。やれない。仮でもいいからジャンル分け。気に入らなくなったらそのとき変えればいい。細かく分かれてるのをまとめるのは簡単。小は大を兼ねる。書いてくうちに自動的に分類されていくのが遊葉見覚帳を使う利点。
そんな感じで、2006年スタート。
目指せミヒャエル・シューマッハ
2005年07月17日21時18分04秒 抱負
キャラクターの作成はレースに似ています。ルール上の可能性としてコース外を走ることもできますが、セッション中のコースアウトはリタイヤです。誰でもアクセルをベタ踏みすれば最高速度を出せますが、実戦でリタイヤしないよう速度を保つにはこれから走るコースを良く知る必要があります。
カーブがどこにあって速度を出せる直線はどこにあるのか。ルールの制約は「空は飛べない」など最低限のものに過ぎず実際に走れる場所は遥かに限られているので、セッションに参加する面々を良く見て把握しておかないとあっという間にリタイヤです。
ルールが推奨している道のど真ん中を走れば完走はできるでしょう。しかしロールプレイングゲームはコミュニケーションを楽しむゲームです。模範解答ばかりの会話が詰まらないのと同じように、サンプルキャラクターばかりのセッションにも限界があります。
コースレコードを目指すことは、プレイヤーとしての力を鍛えるだけでなく、ロールプレイングゲームをより深く楽しむために必要不可欠だと思います。
もちろんキャラクターはあくまでもセッションに参加するための手段であって、その目的はセッションを楽しむことです。キャラクターの優劣は「地球を何回壊せるか」ではなく「セッションに楽しく参加できるかどうか」で決まります。
キャラクターの作成を上手くこなすために必要なのは、ミヒャエル・シューマッハのようなミリ単位の正確なライン取りと、データ上の強さに溺れて力の暗黒面に囚われない強い精神力ですね。
ネタは共感されることが大切
2005年06月03日18時45分13秒 抱負
過去に作られた表現の定型を言動に織り込んで、目の前の状況と過去に定型が使われた状況との共通点や違いを楽しむことは、日常的に行われています。
それらのこと…つまりネタは受けることが大切です。受け入れられなかったネタは周りの空気を気まずくし、それを仕込む前より悪い状況にしてしまいます。仕込むなら受ける、受けないなら仕込まないのがネタの鉄則です。
ネタをネタだと分かってもらえないのは論外として、ネタが受けるかどうかはそのネタに共感してもらえるかどうかにかかっています。元ネタが分かることは共感する助けになります。
海を知らない人に海の話をして理解してもらうことはできるものの、共感してもらい楽しんでもらうことはできません。楽しんでもらうには、その人が共感できるものに例えながら話を進める必要があります。
ネタを仕込む際は、相手が何に共感する人か考えることが大切です。そのことで印象に強く残っているのは影・武神降臨でウィンターノイズを作った時のことです。
当時、相手の行動をとことん否定するデータを作ってみようと考え付きました。腕がなければ腕を狙えず目がなければ目を狙えません。
両手両足がなくても〈気流操〉があれば攻撃できます。視覚がなくても〈暗闇戦闘〉があれば困りません。攻撃されることは恐くないので、【挑発】して全力攻撃させても相手が防御できなくなるという利点だけを受けられます。
影武神を目指せる目途が立ったので設定を考え始めました。両手両足がなく鎧に収まっていて何か武器を飛ばして攻撃するキャラクターの設定です。
初めは巨大なチェスの駒にしようと思いました。鎧相当の駒に収まっていて槍を飛ばすのです。「ダイの大冒険」を元にイメージを膨らませました。
しかしあまり面白くないと思いました。「ダイの大冒険」は知られているでしょうが、巨大なチェスの駒から「ダイの大冒険」に辿り着いてもらえるか微妙ですし、辿り着いても共感してもらうのは難しいと思ったからです。
そこでその案は捨てて、ひとまず影・武神降臨の参加者全てに共通する話題はなんだろうと考えました。参加者全てに共通するということは自分にも身近な話題です。
周りを見渡すまでもなく目の前にパソコンがありました。すぐにひらめきました。人を襲うパソコンです。鎧相当のパソコンに収まっていてマウスを飛ばすのです。
パソコンが身近でない参加者はいないでしょうし、身近なものが化け物になって人を襲うB級ホラーや機械が人に反逆するSFの文法はとても一般的です。
こうして、機械帝国に従わないものは誰でも襲い自分たちを生み出した人間からの独立を叫ぶパソコンが生まれました。
ウィンターノイズの強さの一端は「隙間がない代わりに着ていると能動防御ができない鎧」という欠点が欠点になっていない特別な装備に支えられていましたが、それはゲームマスターのサルファさんの許可があってこそです。
「面白ければOK」というサルファさんならではの裁定ですが、もしパソコンではなくチェスの駒だったら許可は下りなかっただろうなぁと思っています。
