読書の秋
2006年09月30日23時50分11秒 言葉
秋だから読書にハマったというより読書にハマったのが秋だったという。名前だけ知ってて気になっていたのを一気に読んだ。「たったひとつの冴えたやりかた」「愛はさだめ、さだめは死」「世界の中心で愛を叫んだけもの」「ライ麦畑でつかまえて」「蝿の王」などなど。もやもやは晴れたが二度読みたいと思うのはあまりなかった。それらの合間に読んだ「中世ヨーロッパの都市の生活」とかのほうが面白かった。“愛読書”と言うと小説というイメージがあるけど、そうだとすると愛読書の開拓はなかなか難しい。
そんな中、テッド・チャンは発見だった。特に「地獄とは神の不在なり」の神と天使、そして地獄のアイデアは秀逸。ゴテゴテした論理や描写を振り回さず、スマートかつエレガントに問題を解決している。ダンテ的地獄も嫌いじゃないけど、それは鬼太郎の地獄めぐり的楽しさ。
しかしゲド戦記の1,2巻が無いのはどうしたものか。「今話題の!」とかそこらじゅうで見かけそうなものなのに。
究極の自由研究
2006年08月31日22時45分35秒 言葉
夏も終わりに近づきウェブラジオでも夏休みの宿題が話題になっている。特に自由研究。そこで自由研究を手軽にこなす方法はないか今更ながら考えていたら思いついた。究極の自由研究。
研究テーマ:夏休みの宿題をやらないとどうなるか
研究の動機:また、夏がやってきた。また、夏休みの宿題がやってきた。毎年のことながら、我々は宿題をこなしてきた。しかし、果たして本当に意義のあるものなのだろうか。盲目的になってないか、流れ作業になっていないか、疑問を持つ心を失っていないだろうか。私はあえて立ち止まり、この事象を客観的に眺めてみたいと思った。
「スローライフ」「ロハス」といった単語や、急ぎ過ぎる現代社会、高度情報化がもたらす弊害などをたらたら書き加えるとさらに良いだろう。
研究の方法:夏休みの宿題を一切やらない
…自由研究とはつまり自由である。どんなことを研究しても良い。そして夏休みの宿題そのものというのは山や海よりよっぽど身近なテーマだ。コロンブスの卵と言えるかもしれない。結局、「自由」は「無限」とか「任意に」などと並んで軽々しく使ってはいけない言葉なのだ。
研究の結果:夏休みの宿題をやらなくても、人は生きていける
こうして子供は一つ賢くなり、大人はルール改定に追われるはめになる。
「古来から」はどうみても間違い
2006年05月22日22時15分27秒 言葉
最近というよりずっと前から気になっている言葉に「古来から」がある。誤用しやすい言葉のトップで、新聞社でもやらかすことがあるそうだ。
新語というものはある。言葉は日々生まれている。「ホームページ」も和製英語と言われたら納得できないでもない。しかし「古来から」はフォローのしようがない。
「古来」の時点で「古くから来る」だから「から」はどうみても余計だ。「頭痛が痛い」をフォローできないのと同じだ。単に「古来」または「古くから」あるいは「古(いにしえ)から」が正しい。
こういうのを重言というらしい。間違ったことを言っている訳でなく同じ意味の言葉を重ねているだけだから間違え易い。「一番最初」「後で後悔する」「思わぬハプニング」「違和感を感じる」「期待して待つ」「留守を守る」「炎天下の下」「被害を被る」などなど。
喋ってると気付かないが文字にすると重なってるのが分かる。基本的に熟語がやばい。熟語はそれだけで完結していることが多いので、ぶつ切りに使うのが無難ということか。
年越し○○
2005年12月31日17時57分05秒 言葉
年越しと言えば蕎麦。江戸時代中期からの習慣だそうです。でも年越しうどんという言葉も聞いたことがあります。年越しパスタもあるかもしれない。どこまであるのか年越し○○。Googleで調べてみました。
まずは年越し蕎麦。74,300件です。年越しそばにすると285,000件。さすが年越しの王様。次に年越しうどん。12,200件。多いのでしょうか、少ないのでしょうか。年越しパスタは354件。少ないですね。年越しカレーは…991件。パスタより多いです。カレーのほうが日本食として定着してるってことでしょうね。年越しラーメンは842件。パスタの友達、年越しピザは63件。
やはり蕎麦圧倒的。そのあとは日本食としてなじみがある順でしょうか。ちなみに年越し焼きそばは71件。
もう少し調べてみると、年越し鍋1,180件という数字が。年越し寿司153件、年越しすしは300件。年越し焼肉38件、年越しおにぎり168件、年越しケーキ278件。なんでもありです。人の数だけ年越しがある。
